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ジャガイモとマリー・アントワネット

ジャガイモとマリー・アントワネットイメージ

 ジャガイモとフランス最後の悲劇の王妃マリー・アントワネットのイメージは何となく結びつきませんが、実は面白い話がありますので今回はそれをご紹介しましょう。

 ジャガイモの原産地は南米のペルー。標高の高い寒冷地でもよく育つジャガイモは現地の人々にとって今も大切な主食です。このジャガイモが海を越えヨーロッパで知られるようになるのはコロンブスのアメリカ大陸発見以降の16世紀から。しかし当初は農作物が豊富な地方では見向きもされず、北ヨーロッパの各地に伝わり、多くの人々の命を飢餓から救ったと言われています。

 フランスの農学者アントワーヌ=オーギュスタン・パルマンティエ(1737~1813)は隣国プロイセン(現在のドイツ)との戦いに衛生兵として参加したとき捕虜となり、牢獄でジャガイモ料理をふるまわれます。母国では食べたことの無かったジャガイモの美味しさにびっくりしたパルマンティエ。そしてその腹持ちのいいことといったら。帰国後、真剣にジャガイモをフランスに根付かせようとして様々な運動を行うのですが、家畜の餌程度にしかジャガイモのことを見ていなかったフランス人には彼の熱意はなかなか届きません。

 そこでパルマンティエは王であるルイ16世にジャガイモをPRすることに成功。王はなかなか頭の軟らかい君主だったようで、見かけは悪いが美味しく栄養価の高いジャガイモの有用性を理解し、さっそく宮殿の外にある畑に植えさせ一計を講じます。昼は近衛兵に畑の見張りをさせて周辺の農夫の気を引き、夜は見張りを解いて農夫らが畑に入ってジャガイモを盗みやすく敢えて計らったのです。こうしてジャガイモは王も好む美味しい野菜として広まっていったのです。

 ジャガイモPR作戦の一環として、ルイ16世紀は妃のマリー・アントワネットにジャガイモの花をアクセサリーとしてつけるように提案しました。豪華に結い上げた髪に愛らしい青い花を挿した王妃の優雅な姿に人々はため息をついたことでしょう。もともと野草や花が大好きだったマリー王妃は雑草でしかなかったジャガイモの花を身に着けることに何の抵抗も持たなかったのでしょう。マリー・アントワネットはジャガイモの広告塔としても歴史に名を残していたのです。

フローリスト連載2014年7月号より

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