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どうして人は花が好きなのか、なぜ花に意味を持たせるのか。
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【第十四回】ウィ・ラブ・チョコレート

【第十四回】ウィ・ラブ・チョコレートイメージ

 バレンタインデー。それはチョコレートを贈る日でもあります。世界中の人々に慣れ親しまれているチョコレートもその昔は世界でも一部の人しか食べられないものでした。それもそのはず、チョコレートの原料であるカカオ豆の木はアメリカ大陸にしか無かったからです。そしてカカオ豆をつぶして丁寧に練り上げたものがチョコレートなのですから。

 アオイ科の常緑樹カカオの種がチョコレートの原料です。その実があまりにも大きいので果実がもてはやされると思いきや、その中にひっそりと潜む種が生み出す物質に人類は魅了され続けてきたわけです。3000年以上前に栄えた中南米最古のオルメカ文明ではすでにチョコレートの製法を彷彿とさせる穀物を潰して滑らかなペースト状に仕上げる高度な調理法が確立し、続くマヤ文明では死者の副葬品としてチョコレートの入った容器が墓所に奉納されていたことがわかっています。

 以来、チョコレートは中南米に現れて消えていった高度な文明を持つ諸民族にとってお気に入りの飲み物となりました。今でこそチョコレートと言えば板状の甘いお菓子をイメージするのですが、チョコレートの長い歴史のうち、今のようなかたちで親しまれ始めたのは19世紀におけるヨーロッパにおいてコロンブスのアメリカ大陸発見以前に中南米で栄華を極めたマヤやアステカの民は、カカオ豆を潰して練り上げた物質をもっぱら「飲んで」いたのです。しかも、それはただの趣向品ではなく意識を覚醒させ、同時に身体をほぐしてくれる秘薬として欠かすことの出来ないものだったのです。カカオ豆に含まれるカフェインが覚醒作用を促し、テオブロミンが筋肉をほぐす効果を担ったのでした。

 西洋人による新大陸発見以降、カカオ豆から採れる魅惑の液体はヨーロッパ人の注目を浴びることになりました。彼らも中南米の民がそうしたように長い間、チョコレートを「飲んで」いたのです。ココアの原型がここにあります。カフェインのもたらす常習性に自由奔放な芸術を愛したサド侯爵(1740~1814)などは中毒になり、こうした文化人の寵愛もあってヨーロッパにおけるチョコレート熱は19世紀にピークを迎えます。

 19世紀の産業革命は遠い異国の地からもたらされた贅沢品に商品としての創意工夫を加えます。甘く堅い現在の板チョコレートの歴史の幕開けです。こうしてより多くの人々が気軽に食べられるスィーツとしてのチョコレートの時代がやってきたのでした。1868年、イギリスのチョコレート大手カドバリー社が他社に抜きん出ようと提案したのが世界初の箱詰めチョコレート。さらに当時の社長リチャード・カドバリーはこのチョコレートボックスをバレンタインデーのプレゼントとして世に売り出すことを提案。遠い地からもたらされた苦くも甘味なお菓子は紆余曲折の時を経て、愛の告白日を彩る存在となったわけです。

フローリスト連載2013年2月号より

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