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どうして人は花が好きなのか、なぜ花に意味を持たせるのか。
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松竹梅文化考

松竹梅文化考イメージ

 お正月のデコレーションの中に見られるマツ、タケ、ウメ。おめでたいものの象徴としてこの組み合わせが親しまれています。その由来をひもといてみましょう。

 中国では三という数字はめでたい数とされ、縁起を担いで三つの植物の組み合わせが好まれました。特に寒さの厳しい冬でも美しい葉や花で豊かな生命力を思わせてくれる三つの植物のセットが歳(さい)寒(かん)三友(のさんゆう)と呼ばれて尊ばれたのです。中国では宋代あたりから歳寒三友図なる画題が表れ、冬を代表する植物であるマツ、タケ、ウメ、スイセンのうちいずれかの三つがセットで描かれたのです。中でもウメは必ずといっていいほど描かれ、中国における歳寒三友の要となっています。

 この習慣が日本にそのままやってきてすぐに定着したのではと思われがちですが、どうやら話はそれほどシンプルではなさそうです。マツやタケはもともと日本に自生していて古来その生命力のたくましさが崇敬の念を集めてきました。マツとタケは縁起物としてセットで扱われることが多く、平安末期にはマツとタケを組み合わせた門松が新年の門前を飾っていたと考えられています。マツはその常緑性が長寿を象徴し、タケはその生長力の旺盛さが繁栄を意味したのです。その後、マツは能の舞台に欠かせない高尚な木となり、タケはかぐや姫をその茎に宿したロマンチックな存在にもなりました。

 問題は中国では欠かすことの出来なかったウメです。ウメは中国原産の樹木で8世紀初頭の『古事記』には載っていないのですが、8世紀後半の『万葉集』には登場することから、奈良時代後期に日本にやってきた樹木だったことがわかります。当初貴重だった渡来植物のウメは貴族にとって憧れの大陸文化の象徴でしたが、自生の種であるマツやタケとはすぐには結び付かなかったのでしょう。それでも春一番に美しく香しい花を咲かせることから冬の風物詩として定着していったのです。

 日本においてマツとタケとウメの三つの植物が親しみ始めたのは意外と遅く、江戸時代初期に僧侶の如月が記した『中華若木詩抄』という本に「竹は松竹梅の三友にて、梅松と盟を結ぶ者也」とあります。本題に中華とあるくらいですから、中国の歳寒三友を日本風に解釈しなおしたものだったのでしょう。以後、長寿のマツと繁栄のタケという渋いけれども華やかさを欠く存在に美しさを添える大陸文化の風雅を象徴するウメが加わり、ここに日本の松竹梅が完成します。長寿、繁栄、風雅と三拍子そろった松竹梅はやはり最強の縁起物です。

フローリスト連載2014年1月号より

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