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どうして人は花が好きなのか、なぜ花に意味を持たせるのか。
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キク文様の旅路

キク文様の旅路イメージ

 我が国の国章になっているキクの文様。パスポートの表紙にもついているあの文様は十六八重表菊と呼ばれています。鎌倉時代の後鳥羽上皇がことのほかキクを好み、紋章として意匠化したことに端を発するといわれます。しかし、いっぽうでこの意匠、遥か西方に起こり、シルクロードを経て日本にもたらされたものとも言われています。

 紀元前に西アジアを支配したアッシリアの金細工や、太古へのロマンをかきたてる空中庭園を築いたことでも有名な新バビロニアのネブカドネザル王の命によって建てられたイシュタル門にも日本のそれとよく似ているキクをモチーフにしたと思われる文様が刻印されています。これらの文様はヨーロッパから西アジアにかけて自生するキク科のカモミールの花がモデルになったものと考えられています。古代メソポタミアの王たちはこの花を太陽の化身として崇め、その薬効を頼りにしていたのでしょう。古代ギリシャでも「黄金の花」と言われ愛でられたカモミールの文様は装身具のアクセサリーとしても活躍し、その後、民族移動や大陸を又にかけて文化を伝えた商人らによって東方へ渡っていきます。

 南インドを訪れたおり11世紀から約300年間この地を支配したカーカティーア朝が残したヒンドゥー教寺院の天蓋を飾るキク文様を発見しました。西方のかなたで生まれたキク文様の長き旅路の跡を少しだけ垣間見られたような気がしてたいへん嬉しかったのを憶えています。神聖な建物の天蓋を飾っていたということは、この文様、このときすでに植物の属性から遠く離れて純粋に太陽の象徴として扱われていたのかもしれません。

 キク文様はこれを長寿の象徴とする中国人にも愛でられ、仏教の伝来とともに日本へやってきたのでしょう。白鳳時代(645~710)の傑作仏教美術とされる薬師寺の日光菩薩の首飾りには細かいキク文様が散りばめられています。太陽をつかさどる菩薩の首にこれが見られるのがなんともいえず象徴的です。

太陽を崇め、その心をキクの花に託し、多くの民族に受け継がれてきたキク文様。あらためてこの花の力強さと大切さに思いをめぐらせてみました。

フローリスト連載2014年9月号より

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